
1930年代
最初のブルーノマリの工房での歴史的な肖像
1930年代 - 1960年代
30年代から60年代を代表するパンプスコレクション
1940年代
生地に刺繍を施したローカット・シューズ
1950年代
ブルーノ・マリとエミリオ・シューベルト ボローニャにて
1950年代
イギリスのマーガレット王女 ロンドン・ブティックのオープニング・イベントにて
1950年代
ブルーノマリのコレクション
1960年代
ソフィア・ローレン ローマのブルーノマリ・ブティックにて
1964年
レザーのパンプス
1965年
きらびやかな飾りでデザインされたパンプス
1970年代
クリスティーナ・オナシス ローマのブルーノマリ・ブティックにて
1990年代
マリオ・テスティーノ による優秀なモデル:マルコ・マリの写真
1990年代
ブルーノマリの歴史は1900年代前半、3人の若い兄妹マリーノとブルーノとマリアが自宅の半地下で、職人から学んだ靴作りの技術を活かして、わずか35リラの資本金を元手にスタートしました。その後、しなやかなで機能的な靴作りを広く評価され、ビジネス界へ華やかなデビューを飾ることになる1936年に、ブルーノマリが最初の工場を立ち上げるまで、その半地下が職人の工房へとなります。第二次世界大戦後、海外への販売を開始すると同時にイタリア・ボローニャのウーゴ・バッシ通りに第1号店となるブティックをオープンします。
1950年代にはメンズラインのデビュー作であるブルーノマリのモカシンが有名になり、特にアメリカへの輸出を増大させました。さらに、海外でも有名となり、高い評価を受け、1960年代にはピン・ヒールやポインテッド・トゥのパンプスなどの新作の開発に取り組みます。ファッションの世界に参入すると同時に、当時、最も有名なファッションデザイナーのエミリオ・シューベルトとビキと出会います。
そして、1969年にはボローニャに新しいオフィスを開設し、イタリア・ボローニャの靴見本市へ出展します。これにより、クラシックモデルから最新の軽量ロングブーツまで、ブルーノマリの作品をライバルブランドがこぞって真似をするようになります。こうして、上品さと女性らしさ、クリーンでバランスの取れたラインがもたらすエレガントスタイルを確立していきます。
2002年初頭にかけて、ブルーノマリは、メイド-イン-イタリーとイタリアン ライフスタイルを主とするファンドの投資をうけ、この2年後の2003年に、東京にブルーノマリ ジャパンを設立します。
2005年の2月には、選び抜かれた300足以上の靴が展示されるブルーノマリ・ミュージアム・プロジェクトを、イタリアの各都市や日本、アメリカ、ロシアのブルーノマリ・ブティックが連動するひとつの会場となりスタートさせます。さらに、このプロジェクトに合わせて、1936年に生まれたブルーノマリのスタイルとエレガンス、そしてブランドの今を伝える限定本が出版され、話題を呼びました。
2007年1月、ブルーノマリは新たなファンドの投資を受けた新たなマネジメント下でもメイド-イン-イタリーの特徴であるハンドメイドのハイクオリティの追求に取り組んでいます。

2011年12月、マックス・キバルディンはクリエイティブ・ディレクターに就任しました。シューズとバッグ、SLGなどのデザインに加え、ブランド全体のイメージを創りあげています。
ロシアの出身で、建築の博士課程をへて、ヨーロッパでクリエーションを学びます。最初はモデルとしてファッション業界へと足を踏み入れ、その後、ミラノのマランゴーニ学院を卒業しました。
マックスはさらに、エレガントで上品なオリジナリティ溢れる靴とアクセサリーのオリジナルブランドを展開し、イタリアン・ブランドをはじめ海外ブランドと数多くのコラボレーションをしています。

